昨夜から小雨が降り続いていますが、『出作熊野神社』の境内掃除は雨でも、拝殿や社務所の中などの出来るところをやりましょうと、今日も集まっています。掃除が終わってみると、やはりやって良かったといつも思います。鳥居から拝殿へ続く参道は、雨で濡れて落葉や折れた枝が取りにくいのですが、取り除いた後の姿を見るとやはりやるとやらないとでは、大きな違いです。私は折れた枝を手で拾っただけでも、効果はあると考えています。
今日の私は気になっていた手水鉢の水を抜いて、石で出来た貯水溜まりというか貯水タンクを手寧に洗います。佐伯繁さんが、排水バルブを交換してくださったので、貯めた水がきれいに抜けます。落葉などは手で除き、たわしと雑巾で底と辺を洗います。第十代崇神天皇が、疫病対策として神社に手水鉢を作らせ、手を洗ったことで疫病が治まったとも言われています。真偽のほどは分かりませんが、これを耳にすると、思わず手水鉢を洗わずには掃除したとは言えません。
今日も近くの松友親子さんが、来てくれました。お父さんが、丁寧に掃除のやり方を娘さんへ教えています。親子で『出作熊野神社』の掃除というのが、私が掲げた一つの方向付けです。氏子さんが1軒また1軒と減る中、崇敬者として新しい特別氏子というべき崇敬者をお願いしています。60年前に出来た団地が氏子エリアで、これまでは数も質も言うことがなかったのですが、この20年で様変わりしています。
高齢者夫婦世帯で一人が欠けて、独居老人世帯になった家庭は、ここを離れていつ老人施設に入るかそんな不安な毎日を送っています。今年の神宮大麻は買ったけれど、年末に来年のそれを買うことが出来るかどうか、老人施設に神棚は持ち込めず、家具の高いところに神飾りを置いても、自分では高いところの手入れが出来ません。『福引き抽選券』も午後5時と暗くなると出掛けるのも億劫で、さりとて独居老人へ配達も出来ません。ですから買って下さいと、お願いも出来ません。
神社という所もご多分に漏れず、少子高齢化の波をモロかぶりです。この先10月24日25日に秋の大祭を控えていますが、まさに飛行機の片肺飛行のように墜落はしなくても、巡航高度まで上がることが出来ず、なんとか現状維持を保つ状態です。責任総代を引き受けながら、今後好転する見通しも立たぬまま、日々の行事に追われています。
とは言いながら、どうにかこうにか秋まつりの計画もそれぞれの担当部署で進んでいます。高齢者に離脱者が増え、その数分を小中学生にお願いしています。神社というところはありがたいところで、捨てる神がいれば拾う神もいらっしゃる。『出作熊野神社』は恵まれていると、感謝、感謝、感謝。
