今日の『出作熊野神社』の清掃は、担当が2斑で、忘れていた人もいたようですが、佐伯一天さん(高松商1年生ハンドボール部)が、御尊父と掃除に参加してくれて、私の希望する「親子掃除隊」がまた1組出来て、大満足であります。父親の佐伯繁さんは、水道工事業者で謂わば水の専門家、懸案としていた手水舎の清掃が出来たのです。先人の川西澄夫さんが、手作りの工夫を凝らしてくれています。
鳥居をくぐった先にあり、参拝前に手や口を清める施設は、一般に 「手水舎(てみずや/ちょうずや)」 といいます。屋根の下にある水をためる石の器そのものは 「手水鉢(ちょうずばち)」または「水盤」 と呼びます。神社本庁も、手水舎を「参拝前に手と口を清める場所」と説明しています。チャッピー(チャットGTP)に尋ねると、手水舎をこのように簡潔に説明してくれています。
私も掃除のたびに、水を抜いて手水鉢の底を洗うのですが、落葉が排水口に詰まり、上手く貯め水が抜けなかったのです。困っている私を見かけて佐伯繁さんが「私がやりましょう」と申し出てくれました。排水口のバルブが本来の使い方仕様でなくて、これではいつまで待っても水は抜けないと、わざわざとって返して交換してくれました。ありがたい、これでこれからの掃除は誰がやっても同じように効果的に果たせます。
もう一つPayPayですが、今日は何人かがお賽銭PayPayをやってくれたようで、やはり神社は人が来ないとことが始まらないと痛感しました。ところで先の佐伯一天さんは、後輩でそれもハンドボール部だといいます。そうなんですハンドボール部は、私が高松商へ入学した昭和43年春に、当時の高木校長へ私らが直談判して「同好会」が始まったのです。そのことを自慢たらたら、後輩に話していました。彼は二度と『出作熊野神社』へは、来ないかもしれない。
龍雲中学から一緒に高松商へ入学した、小川秀憲(当時は杉ノ内)や堀桂二(故人)さんを誘って、どうにか試合が出来る人数まで仲間を増やしましたが、私はその後進学組へ行って、卒部は出来ていませんが、その後に出来たハンドボール女子は全国大会優勝まで成果を出してくれています。そこには『高商バス』が大活躍し、これからの課題はドライバー確保とつながります。
こうして話はつながるモノで、これまでの人生がチコちゃんの言う「ボーと生きてんじゃないよ」のレベルより高いものであれば、何かとお役に立つこれからの人生が送れるのではないかと大変喜んでいます。すいません自慢話のようになってしまいました。また反省ですね。『PayPayお賽銭』しなくては。


